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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)12965号 判決

原告

坂本勉

右訴訟代理人弁護士

岩﨑昭德

被告

株式会社高島屋工作所

右代表者代表取締役

松村文夫

右訴訟代理人弁護士

中山晴久

夏住要一郎

右訴訟復代理人弁護士

阿多博文

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇万円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、苦情申立てをしたのに、被告事業所の長が、事業所苦情処理委員会を招集しなかった措置は、労働協約、就業規則に違反する不法行為に当たると主張して、被告に対し、不法行為に基づく慰謝料一〇万円の支払を請求する事案である。

一  本件紛争の経緯

1  原告は、昭和四八年一一月、被告に雇用され、被告の従業員が組織する株式会社高島屋工作所労働組合(以下「組合」という。)に加入した(〈証拠略〉)。

2  被告と組合は、昭和四三年一〇月労働協約(以下「本件労働協約」という。)を締結したところ、本件労働協約には、以下の定めがあった(〈証拠略〉)。

(一) 苦情処理は、被告と組合又は組合員との間に苦情がある場合、業務を停止することなく、迅速公正に解決し、労使関係の調和を促進することを目的とする(六一条)。

(二) 被告及び組合が、苦情を処理するため、本社苦情処理委員会及び事業所苦情処理委員会(以下「本件委員会」という。)を設ける(六三条)。

(三) 本件委員会が扱う苦情の範囲は、労働協約及びこれに基づく付属協定の適用及び解釈に関する疑義又は就業規則及びこれに基づく付属規程の適用及び解釈に関する疑義に限定する(六二条)。

(四) 苦情を申し立てる場合には、その理由が発生し、又はその理由を知った日から一四日以内に、苦情の理由、要求する措置など所定の事項を記入して、苦情の内容を明らかにした書面により、所属長を経て事業所の長に提出する(六八条)。

(五) 苦情の申し立てを受けた事業所の長は、速やかに本件委員会を招集し、七日以内に処置を裁定して申立人に通知し(六九条一項)、右通知に不満な場合、申立人は、三日以内にその旨を所属上長を経て事業所の長に提出しなければならない(同条二項)。

3(一)  平成六年四月当時、原告の所属する被告家具販売事業部大阪統括課、同部販売二課、同部販売三課は、東別館五階に事務所を置いてきたが、同月二日、本社ビル一階へ移転した(〈証拠略〉)。

(二)  従来、東別館では、右各課内の郵便物や宅急便を総括課内に置いた保管箱に各自が随時入れ、毎日夕刻、担当者が、切手貼付や発送等の作業を一括して行っていたが、大阪販売部長兼大阪家具販売事業部長中西直(以下「中西」という。)は、庶務課と打ち合わせるなど関係各課と協議し、統括課の北ノ原昭継(以下「北ノ原」という。)部(ママ)長など関係各課の責任者の了解を得て、同月一一日、統括課内の郵便物、宅急便とも、各自が四階の庶務課に持ち込むこと、速達便は、経費節減のため原則として用いないよう指示する業務命令(以下「本件業務命令」という。)を発した(〈証拠・人証略〉)。

(三)  原告は、その後、数回にわたり、北ノ原及び中西に対し、本件業務命令に係る取扱いの変更(以下「本件取扱変更」という。)が、合理性を欠くと苦情を述べ、従来の取扱いに戻すよう求めた。北ノ原及び中西は、その都度、原告と話し合い、了解を得ようとしたが、原告の了解は得られなかった(〈証拠・人証略〉)。

4(一)  原告は、同年五月一二日、北ノ原に対し、本件取扱変更が、大阪販売部長である中西が権限を濫用した専断的なもので就業規則三七条五号に違反し、原告の改善申し立てに応じない点で同条八号に違反するので、速達便、通常郵便物については、従来の取扱いに戻し、宅急便についても、一階守衛室前に置く取扱いにすることを求める旨の記載のある苦情申立書(以下「本件苦情申立て一」という。)を提出した(〈証拠略〉)。

(二)  組合大阪支部副支部長奥野博敏(以下「奥野」という。)は、同日、原告から、本件苦情申立て一についての意見書を提出されたので、北ノ原と協議したが、その結果、本件取扱変更には、就業規則の適用、解釈に関する疑義が存在しないので、本件委員会を開催する必要がない旨意見が一致した(〈証拠・人証略〉)。

(三)  被告本社人事課長出岡啓一(以下「出岡」という。)は、同月一九日、原告から、本件に関する苦情のファックスを送付されたため、北ノ原と原告を呼び、本件取扱変更が中西の権限内の行為で専断的なものでもないことが明らかである旨説明したが、原告の納得を得られなかった。

そこで、出岡は、翌二〇日、組合中央の事務局長であり、大阪支部長である西宮佐伯(以下「西宮」という。)と協議したが、本件委員会を開催する必要がない旨意見が一致した(〈証拠・人証略〉)。

(四)  このような経緯で、被告事業所の長は、本件取扱変更について就業規則の解釈適用に疑義がないことが明らかであるとして、本件委員会を招集する必要がないと判断し、右招集をしなかった(〈証拠・人証略〉)。

5(一)  原告は、同月二七日、北ノ原の下に、被告の事業所の長が本件苦情申立て一について、本件委員会を開催しないことが、就業規則三五条所定の服務規律に違反し、八五条所定の懲戒処分を取るよう求め、右申立てが、就業規則八五条一号所定の就業規則「第四章に定める服務規律」の適用に係る疑義という点で本件労働協約所定の右委員会の審理対象たり得る旨の苦情を申し立てる旨の書面を持参した(以下、「本件苦情申立て二」という。〈証拠略〉)。

(二)  北ノ原は、右書面提出当時、不在であったが、同日、帰社後、右書面を見て、中西、出岡と協議した上、西宮、奥野の出席を求めて面談し、右申立てについても、労働協約、就業規則の適用、解釈に関する疑義がないので本件委員会を開催しないことで意見が一致した(〈証拠・人証略〉)。

(三)  以上の経緯で、被告事業所の長は、本件苦情申立て二についても、本件委員会を招集する必要がないと判断し、右招集をしなかった(〈証拠・人証略〉)。

二  原告の主張

1  被告事業所の長が、本件各苦情申立てについて、本件委員会を招集しなかった措置(以下「本件措置」という。)は、本件労働協約に違反する違法な行為である。

(一) 本件労働協約上、苦情申立てがされた場合、被告事業所の長は、申立ての内容がいかなるものであっても、速やかに本件委員会を招集する義務を負うと解すべきである。

すなわち、苦情申立ての内容が、本件労働協約所定の本件委員会の審議の対象に当たるか否かは、本件委員会自身が判断すべきものであるので、仮に、苦情申立ての内容が本件労働協約所定の本件委員会の審議の対象に当たらないとしても、被告事業所の長が、本件委員会の招集をしないことは許されない。

また、本件労働協約所定の本件委員会の審議対象である就業規則の解釈適用上の疑義とは、申立人たる組合又は組合員が就業規則の解釈に疑義を抱けば足りると解すべきであり、原告が疑義を抱いて苦情申立てをした場合には、被告事業所の長は、本件委員会を招集する義務を負うと解すべきである。

(二) 本件苦情申立て一は、原告が、本件取扱変更について、大阪販売部長である中西が権限を濫用した専断的な措置であり、就業規則三七条五号に違反し、原告の改善申し立てに応じない点で同条八号にも違反すると考え、就業規則の右各規定の解釈に疑義を抱いたものであるので、本件労働協約所定の本件委員会の審議対象たる苦情に当たることが明らかである。

(三) 本件苦情申立て二は、原告が、本件苦情申立て一があったのに、被告事業所の長が本件委員会を開催しなかった措置が、本件労働協約六九条に違反し、就業規則三五条、三七条八号にも違反すると考え、右各規定の解釈に疑義を抱いたものであるので、本件労働協約所定の本件委員会の審議対象たる苦情に当たることが明らかである。

(四) なお、その後、被告は、原告から本件各苦情申立てにより要求されたとおり、宅急便は一階守衛室前に置く、速達便の原則禁止を取り止め、庶務課で扱うという従来の取扱いに復している上、通常郵便物の取扱いも、各課の誰かが取りまとめて四階へ持参するという実際上の取扱いがされるようになり、右要求が実現していることからしても、原告による本件各苦情申立ては、濫用に当たるものでないことが明らかである。

2  原告は、本件措置の結果、適法な苦情申立てをしたにもかかわらず、本件委員会の裁定を受けられず、本件委員会の上級審査機関である本社苦情処理委員会の裁定を受けることもできなかったのであるから、本件労働協約により保障された苦情申立ての権利が侵害され、精神的苦痛を受けた上、原告の社内的な名誉信用が害され、精神的苦痛を受けた。原告の右精神的苦痛を慰謝するには金一〇万円が相当である。

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく慰謝料一〇万円の支払を求める。

三  被告の主張

1  被告事業所の長による本件措置に違法はない。

(一) 本件労働協約六二条によれば、本件委員会の扱う苦情の範囲は、労働協約及びこれに基づく付属協定の適用及び解釈に関する疑義又は就業規則及びこれに基づく付属規程の適用及び解釈に関する疑義に限定されることが明らかであるので、申し立てられた苦情が、客観的に右の事由に該当しない場合、被告事業所の長が本件委員会を招集すべき義務を負わないことが明らかである。

(二) 本件苦情申立て一は、本件取扱変更が、大阪販売部長である中西によるその権限を濫用した専断的な措置であって、就業規則三七条五号に違反し、原告の改善申し立てに応じない点で同条八号にも違反するものであり、就業規則の右各規定の解釈に疑義のある場合に当たる旨主張する。

しかし、大阪販売部長である中西が郵便物の取扱の変更について本件業務命令を発する権限のあることは明らかであり、また、本件取扱変更について、中西や北ノ原は、原告の了解を得るべく協議を尽くしているのであるから、中西による本件業務命令に就業規則違反のないことは明白であり、この点について、就業規則の解釈について疑義が存在しないことが明らかである。

したがって、本件苦情申立て一に基づき本件委員会を招集しなかった被告事業所の長の措置に違法がないことは明らかである。

(三) 本件苦情申立て二は、本件苦情申立て一について、被告事業所の長が本件委員会を招集しないことが違法であることを前提として申し立てられたものであるが、右申し立てについて本件委員会を開催しなかった措置に違法のないことが明らかであることは、前記のとおりであるので、本件苦情申立て二に基づき本件委員会を招集しなかった被告事業所の長の措置にも違法がないことは明らかである。

2  本件措置により、原告の権利が侵害されたり、原告に損害が発生した事実はない。

すなわち、被告は、本件各苦情申立てについて、事業所、本社、労働組合と協議し、その内容の当否まで検討して、原告の要求する措置は要しないものと判断し、これを原告に通知しているのであるから、形式的には本件労働協約所定の苦情処理手続がされていないとはいえ、実質的には事業所及び本社の苦情処理手続が行われ、その結果も原告に通知されている。

したがって、原告にはその主張する権利侵害や損害が現実には発生していないし、本件委員会が開催されていないことから、直ちに原告が精神的苦痛を受けたとはいえない。

また、原告の主張が、原告の苦情申立てが、本件委員会で否定されることが明らかであっても、本件委員会が開かれれば足りる旨をいうものであるとすれば、かかる期待は法的保護に値しない。

四  主たる争点

1  本件措置の適法性

2  原告の損害発生の有無

五  証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  本件措置の適法性

1  前判示の本件労働協約の各規定を総合すれば、被告事業所の長は、苦情が申し立てられた場合、提出された苦情申立書に記載された苦情が、本件労働協約六二条所定の労働協約及びこれに基づく付属協定の適用及び解釈に関する疑義又は就業規則及びこれに基づく付属規程の適用及び解釈に関する疑義に当たるものであるときのみ、本件労働協約上、本件委員会を招集する義務を負うものというべきである。けだし、本件労働協約は、被告及び組合と組合員間の苦情処理について、本件委員会の設置(六三条)など詳細な手続を定めているが、その六二条は、右手続で取り上げることが可能であり、本件委員会の審理の対象ともなり得る苦情の範囲を、前記の事項に限定しており、右規定の趣旨に照らすと、本件委員会が同条所定の事項以外の事項について開催され、審議することは、本件労働協約上予定されていないものというべきだからである。のみならず、本件労働協約六八条は、苦情申立ての際には、要求する措置と苦情の理由を記載して、苦情の内容を明らかにした書面を提出すべき旨を定め、六九条は、被告事業所の長が、六八条所定の要件を具備した書面の提出により、苦情申立てがあったときに本件委員会を招集する旨を定めているが、右書面により明らかにすべき苦情は、六二条の規定も考え併せれば、同条所定の事項に当たるものであることを要するものと解すべきであり、これらの規定を総合すれば、本件労働協約は、被告事業所の長に対し、本件委員会の招集権限を与えた上、右申立書で明らかにされた苦情が、六二条所定の事項に当たるものであるときにのみ、事業所の長に対し、本件委員会を招集する義務を負わせる趣旨であると解するのが相当だからである。

2(一)  本件苦情申立て一の書面に記載された苦情は、本件取扱変更が、大阪販売部長である中西が権限を濫用した専断的なもので就業規則三七条五号に違反し、原告の改善申し立てに応じない点で同条八号に違反するものであるので、従来の取扱いに戻すことなどを求めるというものであり、原告は、右苦情が、就業規則三七条五号、八号違反の有無という就業規則の解釈の疑義に関するものである旨主張するようである。

(二)  しかし、(証拠・人証略)によれば、中西は、被告大阪販売部の責任者である大阪販売部長の職にあり、本件取扱変更を定めた本件業務命令は、同部の日常の事務処理の方法の変更にすぎず、原告ら従業員の権利義務や労働条件に重要な変更を与えるものでもないのであるから、本件取扱変更を定めた本件業務命令が同人の権限に属するものであることは明らかである。そのうえ、中西は、関係各課と協議し、その責任者の了解を得て、本件業務命令を発したものであり、本件取扱変更を従来の取扱いに復することなどを求めた原告とも話し合うなど本件業務命令を発する前後の経緯について、同人には、格別、誠意に欠けたり、不当な点も認められないのであるから、本件取扱変更を定めた本件業務命令が、就業規則三七条五号の「職務の権限を超え、又はこれをみだりに用い専断的な行為をしないこと」、同条八号の「誠実義務に違反しないこと」の各定めに違反しないことは明らかである。

そうすると、原告が本件苦情申立て一に係る苦情の対象とした本件取扱変更を定めた本件業務命令について、就業規則の解釈適用に疑義のないことが明らかであり、本件苦情申立て一も、就業規則の解釈適用の疑義に関するものとは認められない。

(三)  したがって、本件苦情申立て一について、被告事業所の長が本件委員会の招集手続をしなかった措置が違法とはいえず、右措置が不法行為に当たらないことが明らかである。

3(一)  本件苦情申立て二の書面には、被告事業所の長が本件苦情申立て一について、本件委員会を開催しないことが、就業規則三五条所定の服務規律に違反するので、八五条所定の懲戒処分の手続を取るよう求め、右申立てが、就業規則八五条一号所定の就業規則「第四章に定める服務規律」の適用に係る疑義に関するものである旨の記載がある。

(二)  しかし、本件苦情申立て一について、本件委員会を招集しなかった被告事業所の長の措置が、本件労働協約に違反せず、違法でないことが明らかであることは、2判示のとおりである。

したがって、右措置が就業規則三五条の「職員が諸法規及び会社の諸規則、諸規程並びに指示等に従い誠実にその職務を遂行しなければならない」という定めに違反するものでなく、就業規則の第四章に定める服務規律に違反するものでないことも明らかである。

(三)  また、原告は、被告事業所の長の前記の措置が、就業規則三七条八号、本件労働協約六九条に違反し、本件苦情申立て二に係る苦情が、就業規則三七条八号、本件労働協約六九条の解釈の疑義に関するものである旨も主張するようであるが、被告事業所の長の右措置が、本件労働協約六九条に違反せず、違法でないことが明らかであることは、2判示のとおりであり、就業規則三七条八号の規定に違反するものでないことも明らかであるので、原告の右主張も採用できない。

(四)  そうすると、原告が本件苦情申立て二に係る苦情の対象とされた被告事業所の長の前記の措置について、本件労働協約、就業規則の解釈適用に疑義のないことが明らかであり、本件苦情申立て二も、労働協約、就業規則の解釈適用の疑義に関するものとは認められない。

(五)  したがって、本件苦情申立て二について、被告事業所の長が本件委員会の招集手続をしなかった措置が違法とはいえず、右措置が不法行為に当たらないことが明らかである。

二  結論

以上によれば、本件措置は、違法とは認められず、不法行為に当たらないというべきであるので、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

(裁判官 大竹たかし)

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